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大阪商人は、したたか?

2026.08.22

 

江戸時代末期の時、まさに徳川幕府が終わろうとしていた時

 

関ヶ原の西軍(豊臣方)について戦ったのが、薩摩藩や長州藩。

本来なら潰される運命にあったが、運よく生き延びた。

だが、徳川幕府は、常に、目を光らせていた。

いつクーデターを起こすかも知れない。

まさに、その時がやってきた。

 

徳川にも意地があり、「こんちくしょう、俺をなめるんじゃ無い」と

長州征伐に出掛けたものの、思うような結果を出せず撤退。

徳川にも余力(経済力)がなかった。

 

クーデターを起こそうとした長州・薩摩も余力がない。

 

薩摩は南の島々で、密かに黒砂糖を作ったり(徳川は当然禁じていた。)

して、ある程度はお金を貯めていた。

しかし政権転覆には、莫大な資金が必要であった。

黒砂糖売買の利益くらいでは、どうにもならない。

 

薩摩藩の財政を預かっていた家老、調所広郷(ずしょひろさと)は困った。

「金がない、金持ちが援助してくれないかな」

そうは問屋が卸さない。

金持ち程ケチである。 だから金持ちになれるわけである。

 

収入ひく支出 残金なのである。

 

調所は考えた。

金持ちはどこにいるんだ。大阪商人は金持ちらしい。

 

「案ずるより産むがやすし」

「とにかく大阪に行ってみよう。」

出雲屋孫兵衛という大阪商人に会うことに、

 

それまで、薩摩藩に何度も踏み倒された事もあり、

大阪商人は警戒し、借金の申し出を聞こうとしない。

 

何度も断られたが、調所は粘った。

 

出雲屋は尋ねた「

「この莫大なお金を何年で返すつもりですか?」

調所は誠実な男である。嘘を言わない。

「250年かけて返します。」

 

出雲屋は、しばし考えた。

 

そして、言った「お貸ししましょう。」

 

商談成立

 

ふつう有り得ないですよね。

 

徳川幕府が終わり、出雲屋は、その後、莫大な利益を得たとか。

 

(虎穴に入らずんば虎子を得ず)

 

大きな仕事をなすには、最後は肝っ玉か?